Anonymous

You can fool all the people some of the time and some of the people all the time, but you cannot fool all the people all the time.

それがいい

多くの人たちにウケなければ 本は売れない
みんな 複雑なものを求めないから どの本も単純になる
社会の変わり方が速すぎて ついていくだけで精一杯
みんな 時間がないから 単純な本だけが書店に並ぶ

多くの人を相手にするのだから 論争は避けるに限るといって
少数意見に過敏に反応し 自己検閲や忖度をするようになる
内容はどれも同じになって 意味のない言葉がずらりと並ぶ
当たり障りのない文章は あってもなくてもいいものばかり

権力が本を燃やしたわけでなく 出版を禁止したわけでもない
権力が何かをしたわけではないのに 本のほうが自滅をしてゆく
教育は崩壊し 人々の知的好奇心はなくなってしまい
コミックと スポーツと セックスと ゴシップが 幅を利かせる

言われたわけではないのに 仕事とスマホで時間はつぶれ
静かに座って考えることも 穏やかに休むこともできない
せっかく手に入れた休日も 消費で忙しく過ぎてゆく
コーヒーを飲みながら 目の後ろの辺が忙しく活動する

売るためのものでない 単純化されていない文章は
他の文章と違うというだけの理由で
人工知能のアルゴリズムに排除され
人の目に触れることはなくなる

そうこうするうちに 誰も本を読まなくなり
本はインテリアという新しい役目を得て
客間やリビングやロビーに 美しく飾られる
飾られるだけの本の中身は ないほうがいい

本が人に影響を与え 人を型にはめたのは昔の話
本は影響を与えないし 型にはめたりもしない
考えたくない人に 本は似合わない
目を閉じて子守唄を聴く人に 本は必要ない

本をたくさん読んだ人が 知識人と呼ばれたこともあった
映像や音声に詳しい人が 芸術家と呼ばれたこともあった
今 知識人も芸術家も望まれることがなくなって
はじめて虚しさを知り 無を知った

不特定多数に気に入られる文章を書いたところで
何かが大きく変わるわけではない
君に読んでもらうために文章を書いて
君にわかってもらえば それでいい
それがいい

統計

IMFの国際金融統計(International Financial Statistics)だろうが
OECDの主要経済指標(Main Economic Indicators)だろうが
総理府統計局の統計データだろうが
パブリックな統計データは嘘ばかり
それなのに統計データを基に事実が伝えられ
歪められた情報を基に真実が伝えられる
昔はもっと豊かだったという真実は
昔はもっと貧しかったという事実にすり替えられ
隣国の高成長は 成長が止まったと伝えられ
我が国の低成長は 堅実な成長と伝えられる
失業者は労働者として数えられ
絶対的貧困でないからといって 相対的貧困は見過ごされる
困っている母子家庭はひとつもなくて
人権侵害なんてどこにもない
統計をすべてなくしてしまえば きっと事実が伝えられ
統計を勝手に使わなければ きっと真実が見えてくる

統計を報道するメディアに関わっている人たちに
統計を使って人々をミスリードするのは犯罪だと
統計リテラシーがないとは言わせないぞと
人前で 声を大にして 目を見ながら 叫びたい

従う遺伝子

言うことを聞く遺伝子のせいで
無能な天皇が即位しても
残酷な将軍が権力を握っても
抵抗もせずに どんなことにも従う

明治維新があれば 新政府に従い
戦争が起これば 軍に従い
戦争に負ければ 占領軍に従い
従うことに 疑問は持たない

武家社会のしがらみのなかで
理不尽なことに耐え続け
時には死を選ぶという作り話に
遺伝子が反応し 涙する

政府がどんなに悪くても従う
上官が非道を尽くしても従う
上司が犯罪を犯しても従う
従う遺伝子は どこまでも悲しい

従う遺伝子が変異して
理不尽に抵抗し
自分の考えを通す
そんなことは起きないのだろうか

ないという感じ

sexual に bi をつけて bisexual
sexual に homo をつけて homosexual
sexual に hetero をつけて heterosexual
sexual に a をつけて asexual
セックスのない感じ

pathy に sym をつけて sympathy
pathy に em をつけて empathy
pathy に anti をつけて antipathy
pathy に a をつけて apathy
感情がない感じ

literacy に multi をつけて multiliteracy
literacy に bi をつけて biliteracy
bilingual education のゴールは biliteracy だという
literacy に a をつけて aliteracy
活字から離れた感じ

moral に im をつけて immoral
moral に a をつけて amoral
道徳のない感じ

chromatic に mono をつけて monochromatic
chromatic に a をつけて achromatic
彩がない感じ

a- の ないという感じは
21世紀的な感じがする
a- は わびさびに似ている
そう思ったら a- だけが輝いて見えた

活字離れ

人が本を読まなくなった社会では
焚書も発売禁止も必要ない
そもそも 読む人がいないのだから
禁止しても しなくても なんの変わりもない

映像を見ながら音声を聞くほうが
本のなかに並ぶ字を追うよりも面白いのだから
本離れは自然の成り行きで
嘆いても憂いても なにも変わらない

映像と音声に詰まった情報量は
本のなかの情報量の数千倍 いや 数万倍 いや数億倍
本に書かれたことが捏造だといっても
映像や音声の捏造に比べたら子供だましでしかない

編集後の映像や音声のもっともらしさは
現実のもっともらしさを はるかにしのぎ
本のなかの情報が危険だといっても
映像と音声の危険さには及ばない

映像と音声の受け取り方が受動的だったのは
もう昔のこと
今は情報の海のなかから
能動的に映像と音声を選び取る

面白いことが重要になると
面白い内容が選び取られ
哲学はドラマの陰に隠れ
文学はスポーツに負ける

人の好みをAIが検知し
人が見るものをAIが決める
AIが君を知っている
僕の知らない君を知っている

社会

人と違うのを 変だという
違うのは いけないことか
変なのは ダメなことなのか

違うのも いいと思える社会
変なのも 許容できる社会
そんな社会を 築けないものか

空気を読んで なにも言わず
小さなミスを 問題視して
誰もが 委縮している

違う考えから 議論が発展し
変な考えから アイデアが生まれる
違うのは間違っていないし 変なのは面白い

醜いアヒルの子は
一生懸命頑張ってもアヒルにはなれない
頑張らずに白鳥になればいいのだ

休むことを悪いと言わず
心から楽しむことのできる社会を
目指そうとは 誰も言わない

**

つまらない情報を避け
ゴシップに興味を持たずに
自分を生きる

何が重要かを 自分で見つける
そうすれば 違うのも 変なのも
いいなあと思えてくる

監視のない社会 許す社会
人が変わらない限り そんなのは夢でしかない
そして人は いつまでも変わらない

ケンチャナヨ(괜찮아요)

Carlo Rovelli の本を英語で読む
イタリア語が読めないからだ

Rune Froseth への手紙は英語で書く
ノルウェー語では書けない

Computer Science を英語で学んだ
それがいちばん楽だったから

英語の歌を好んで聴いた
それが心地よかった

必要のなかった頃は 英語ができなかった
今も 得意かといえば 得意ではない

言葉は不思議だ
世界を広げる

多少 間違ってもいい
通じればいい
大丈夫
괜찮아요
没关系
Не волнуйся
N’inquiète pas
It’s all right

特別な存在

私たちは特別な存在ではない
地球は宇宙の中心ではない
人は動物でしかない

私たちの生命は特別なものではない
人がしていることは
宇宙で起きていることの ほんの一部でしかない

それなのに
いや それでも
君は特別だ

Carlo Rovelli

We are stories, contained within the twenty complicated centimeters behind our eyes, lines drawn by traces left by the (re)mingling together of things in the world, and oriented toward predicting events in the future, toward the direction of increasing entropy, in a rather particular corner of this immense, chaotic universe.
This space—memory—combined with our continuous process of anticipation, is the source of our sensing time as time, and ourselves as ourselves. Think about it: our introspection is easily capable of imagining itself without there being space or matter, but can it imagine itself not existing in time?

説明される世界

空間や時間といった外から見た世界を
物理学や数学で説明すれば
多くの自然現象が記述され
誰もが わかったような気になっている

でもそんな記述からは
なにか重要な側面が抜け落ちていて
私たちの目や心で見た世界は
なにも説明されはしない

世界は物理や数学で説明できるほど
単純にできてはいない
たくさんの事がお互いに影響し合い
そのうちの ひとつが 違うだけで
世界は違ったものになる

物理学で説明できない君の心と
数学で記述できない僕の心が
なにかを伝え合う
そこに数式はいらない

変化

この世界には
変わらないものはなにもない
永続も 永遠も ただの幻だ
高級住宅地は スラムになり
贅を尽くした館は 廃墟になる
得たものは 失われ
あるものは なくなる
この世界を知るには
変化について知るしかない

変化についての基本は
たぶん 恐れないことだ
現実を恐れない
生きることを恐れない
死ぬことを恐れない
神を恐れない
太陽を恐れない
君を恐れない
変化を恐れない

そう 変化を恐れない
どうやっても なにもかもが 変化するのだから
恐れても仕方ない
現実を直視する
変化を直視する
そうすれば どんな変化も 受け入れられる
悲しい変化も 恐ろしい変化も 楽しくやりすごす
自然災害は地球が良くなるため
人災は人が生き延びるため
そう思って どんなことも受け入れる
人の運命も
君の運命も
僕の運命も
笑って受け入れる
そう ただ 受け入れる

実際

なにかを見たり聞いたりして
喜んだり怒ったり悲しんだりする
でも実際は 見たり聞いたり感じたりすることとは
だいぶ違う

地球は平らに見えるけれど
実際には球形だし
私たちが回転しているというのに
太陽が回転しているように見える

スクリーンのなかで愛し合う二人は
実際には他人だし
愛なんかそんなにはないのに
愛で溢れているように見える

ニュースは真実を伝えているように見えるけれど
こちら側の真実しか伝えないし
インターネットは味方のような顔をしているけれど
実際にはただの敵でしかない

見ることも聞くことも
信じてはいけない
直感を信じる
君を信じる

思考

観察される前になにかを理解するのが
科学的に考えることだとするならば
観察しなければなにも理解できないのは
科学的に考えられないということになる

話を聞く前になにかを理解する能力が
自分で考えるということだとするならば
話を聞かなければなにも理解できないのは
自分で考えられないということになる

愛を伝える前にわかるのが
愛だとするならば
伝えなければわからないのは
愛ではないということになる

考える前に感じることが
本当なのだとするならば
考えてからすることは
本当ではないということになる

感じたことを信じて
考えないで
君を信じて
自分を信じて

夢と願い

諦めなければ 夢はかなうとか
思い続ければ 願いはかなうとか
いい加減なことを 言う

諦めなくても 夢は破れ
思い続けても 願いは届かないという
ほんとうのことは 言わない

広告代理店が 夢をカネに変え
神社が 願いをカネにする
夢も願いも カネにはかなわない

見続ける夢が たとえ幻でも
願いを追い続けるのが 愚かでも
夢や願いは なぜか消えない

夢のかけらを 持ちながら
願いの痕跡を 拾いながら
終わらない時を すごす

夢に弄ばれても
願いに裏切られても
永遠でない時を 生きる

夢の輝きや
願いの明るさが
心のなかで 息づいている

完璧とはほど遠い昨日と
うまくいかない今日の先に
予定通りにいかない明日が続く

君という夢と
君という願いが
消えないことを祈る

人間がしてきたこと

人間は 麦や 稲や トウモロコシや 芋に
依存して生きて来た
栽培し 育て 収穫し 食べる
そんなことが いつの間にか
あたりまえになった
森林を伐採して畑にしても
野原を拓いて田んぼにしても
自然破壊と言われることはなかった

人間はまた 牛や 豚や 鶏や 馬や 羊に
依存して生きて来た
飼育し 屠殺し 食べる
そんなことが いつの間にか
あたりまえになった
動物たちを劣悪な環境に押し込んでも
薬漬けにして不自然に育てても
動物虐待と言われることはなかった

品種改良も寒冷地の開拓も
工業のような農業や牧畜も
いいことだと思ってやってきた人間が
遺伝子の組み換えまでするようになり
終いには自分たちを飼いならし始めた
不自然に飼いならされた人間は
奴隷であることに気づかずに
システムの中に組み込まれる

システムに組み込まれた人間は
自分たちを組み込んだ人間を知らない
人間が人間を利用するなかでは
利用された人間が 自分を知ることはない
自分を憐れむことはなく 他人を憐れむ
哀れな人たちは なにも気付かない
不幸せな人たちが 幸せを感じ
システムのなかで暮らす

君に システムの外にいてほしい
君に 君でいてほしい

一コマの風景

目の前に広がるのは
変わり続ける風景の
ほんの一コマ 
また見ようとしても
見ることのできない
美しくても
美しくなくても
一度だけの風景

目の前にいるのは
変わり続ける君の
ほんの一瞬
また見ようとしても
見ることのできない
幸せでも
幸せでなくても
一度だけの君の表情

二度とない時が
輝いている

書く

意識して
書くことを選べば
自然と
書かないことも決まる

どんな言葉で書いたとしても
人の事は書かない
誰がどうしたというようなことは
書きたくない

知らない言葉で書いたとしても
出来事も書かない
何があったというようなことは
書きたくない

人の事を書くと
後で必ず嫌な気持ちになる
出来事を書くと
時間を無駄にしたように思う
週刊誌の記事には興味が湧かないし
テレビのニュースは退屈だ

あと何十年も書けるわけではない
だから 人のことや出来事は書かない
その代わりに 考えや夢を書く

僕は作家でも物書きでもない
おまけに いい加減なことが大好きだ
だから 考えや夢を書く

考えや夢を書いたところで
なにも変わりはしない
でも 君が読んでくれる
だから僕は書く

神村学

チョウなどの完全変態昆虫では、幼虫と成虫の体つきが全く別の生き物かと思えるほど違っているけれど、サナギはそのような大変身をするための準備の時期。サナギはじっとして動かないけれど、厚い殻の中では体の中身をすごい勢いでつくり替えている。サナギになりたての時期はすべての部分が柔らかく、また、壊される部分は小さなバラバラのかたまりになって体の中に散ってしまうので、一見するとサナギの中身はどろどろのクリーム状に見えるんだ。しかし、注意してみると、サナギになりたての時期でも半透明の薄い翅ができているし、筋肉などもちゃんとある。そして、サナギの後半になると体の中身もしっかりしてきて、羽化直前には成虫の模様などが殻の外からでも見える。

Adrain Chesser

 

During his travels, Adrain Chesser met another group of hunter-gatherers by the name of Moira and Ray.

 

 

 


 

Moira and Ray own pack goats, which provide milk, meat, and company.

 

 

 

 

 

 


ひとりで生きる

人は生きるために集団になる
いや 人は集団になるようにできている

人はひとりでは生きられない
そもそも人は 両親なしに生まれたりはしない

育ってゆくにも 大人になるにも
母親や 保護してくれる人の助けが 必要だ

人は快さを求め 不快を避ける
他人のことより 自分のことを考える

快さを求め 不快を避けるなかで
人は競争をしたり 闘ったりする

闘いに合理的な解決方法はない
権力だけが問題を解決できる

合理的な考えは 解決には遠い
人と人の関りは 理屈ではない

自分のことだけを考えていれば
休むことも楽しむこともできない

雨が降らなければ 水の取り合いになる
人が増えすぎれば みんなが喉の渇きを覚える

他人のために何かをすれば 喜びを感じ
他人のことを顧みないと 苦痛を感じる

でも だからといって
米屋や パン屋や 魚屋や 肉屋が
客のために商品を売るわけもなく
そこにあるのは ただ
儲けたいという欲求だ

損得計算の上に作られた冷たい社会に
心優しい人たちの気持ちは通じない

人は社会的だ
孤独を嫌うし 他人と交わろうとする
未開の地の家族は 他の家族と助け合う
共同して獲物を捕ったり
敵から自分たちを守ろうとする

集団のなかにいて病気になれば
集団のなかの決まりに従うしかない
病気になれば 集団のなかの呪い師に身を委ね
妊婦が産気づけば 産婆に赤ん坊の生命を委ねる

集団と社会とは違うという

でも 社会が突然なくなって
ひとりで生きてゆける人が いったい何人いるだろう
集団を作り助け合うことでしか 生きてゆけないのではないか
集団を作ってとしても 食べ物を得ることすらできないのではないか

私たちはひとりでは生きてゆけない
そしていつの間にか
集団でも生きてゆけなくなってしまった
社会がなければ 水すらも得ることができない
私たちはとても 弱い

Jack Goldstone, Peter Turchin


The Political Stress Index (PSI) combines the three crisis indicators in the Goldstone-Turchin theory: declining living standards, increasing intra-elite competition/conflict and a weakening state. Growing PSI indicates increased likelihood of political violence. The Well-Being Index indicates greater equality, greater elite consensus and a more legitimate state.

力学

太陽の直径は1,392,700 kmで 人間の大きさの約十億倍
水分子の直径は3nmで 人間の大きさの約十億分の1
恒星にとっての人間の大きさは 人間にとっての分子の大きさ

地球上の人間にとっての環境での力学が
宇宙のなかの太陽にとっての環境での力学や
物体のなかの分子にとっての環境での力学と同じわけがない

私たちの周りのもののための力学
微小なもののための量子力学
巨大なもののための力学は いったいどんな力学なのだろう

そして
君のための力学は いったいどんな力学なのだろう

数学礼賛

この世のことはすべて数式で説明できると
 信じている科学原理主義者たちが
  この宇宙は数学で作られているとか
  素粒子の世界から宇宙までを
   説明できる数式があるとかいって
数学の優位性を説く

それとはまったく関係のないところで
 鳥や魚の群れの形や動きや
 雲のかたまりの動きや
 海岸に打ち寄せる波の形を
  コンピュータを使ってシミュレートしたりして
数理モデルの有用性を説く

天気予報の数理モデルだとか
経済予測の数理モデルだとかの
シミュレーションが
スクリーン上にきれいに映し出され
挙句の果てに
皮膚科学の数理モデルなどといって
敏感肌や肌の老化やアトピー性皮膚炎のシミュレーションが
わけのわからない映像で示される

数学を持ち出して
コンピュータ・シミュレーションと融合し
スクリーン上にきれいな映像を映し出せば
どんな胡散臭いものも もっともらしくなり
間違ったものも 正しく感じさせてしまう

誰もわからないイカサマの数式と
何の根拠もない数理モデルとで
大儲けしている人たちを
誰も笑いはしない

錬金術師たちは 金を生み出すという夢を売り
科学者たちは 科学という宗教を広める
この世は どうせ いい加減
真面目な顔で嘘をつく

人はあまりにも純だから
神を信じ 科学を信じる
信じてはいけないものには
気をつけないといけない

僕は君を信じる
君も僕を信じる
それだけでいい

善と悪

霊の世界は善
物質の世界は悪

精神は善
肉体は悪

理想的目標に沿った行いが善
動物的本能に沿った行いが悪

宗教が善悪を定め
権力が善悪を決める

法律が善悪を定め
裁判が善悪を決める

でも結局は みんなにとって望ましいことが善で
望ましくないことが悪だということになって
善悪の境は揺れる

無知は悪というけれど
人はいつも無知だから
法律は善を定められず
裁判は善悪を決められない

ルール・オブ・ローというけれど
法律が完璧だとは誰も思っていない
悪法も法だといって
従っているなんていやだ

権力が悪だといって
権力に逆らえば酷い目にあう
そういう基本が変わることは
ほとんどない

善悪ほど頼りないものはない
法律ほどいい加減なものはない

僕が善いか悪いかは
僕が決める
いや
君が決める

経験

経験 経験と言うけれど
経験は 成功や失敗の原因にはならない
経験に意味を与えても
経験は役に立たない

子供の頃の経験は役に立たない
学校での経験は役に立たない
バイトの経験は役に立たない
会社での経験は役に立たない

自分の経験は役に立たない
他人の経験も役に立たない
親の経験も役に立たないし
先生や上司の経験も役に立たない

うまくいったという経験も
失敗してしまったという経験も
経験から学んだといって 次に役立てようとすれば
おそらく 何か間違いをしてしまう

経験に左右されず
目的に合っているのは何か ということと
したいことは何か ということを考えて
将来を選び取る
そうすれば きっと いい判断になる

みんなの公園

公園のルールが多すぎる
 騒音禁止
 大声禁止
 歌うの禁止
 楽器の演奏禁止
 ランニング禁止
 トレーニング禁止
 体操禁止
 ダンス禁止
 走るの禁止
 ベンチの長時間利用禁止
 騒ぐの禁止
 猫に餌をあげるの禁止
 鳥に餌をあげるの禁止
 魚に餌をあげるの禁止
 犬を連れての立ち入り禁止
 縄跳び禁止
 野球禁止
 バットの素振り禁止
 ゴルフ禁止
 ゴルフクラブの素振り禁止
 サッカー禁止
 ボールリフティング禁止
 スパイク使用禁止
 革靴での立ち入り禁止
 裸足で歩くの禁止
 サングラスの着用禁止
 損傷禁止
 汚損禁止
 伐採禁止
 採取禁止
 捕獲禁止
 殺傷禁止
 土地の形質変更禁止
 たき火禁止
 バーベキュー禁止
​ キャンプファイヤー禁止
 花火禁止
 貼り紙禁止
 貼り札禁止
 広告表示禁止
 一輪車の乗り入れ禁止
 三輪車の乗り入れ禁止
 自転車の乗り入れ禁止
 スクーターの乗り入れ禁止
 オートバイの乗り入れ禁止
 自動車の乗り入れ禁止
 荷車の乗り入れ禁止
 ローラースケート禁止
 キックボード禁止
 スケートボード禁止
 ランニングバイク禁止
 ラジコン禁止
 ドローン禁止
 エアガン禁止
 飲食禁止
 炊き出し禁止
 喫煙禁止
 飲酒禁止
 ゴミ捨て禁止
 危険物持ち込み禁止
 遊戯禁止
 販売行為禁止
 行商禁止
 淫らな行為禁止
 集会禁止
 立入禁止
公園では何もできない
そもそも入ることができない

みんなの公園ということは
誰の公園でもないということでもある

誰かが苦情を言えば禁止事項が増え
何か問題が起きれば禁止事項がまた増える

子どもたちが思いきり体を動かせる にぎわいの公園を作れば
そこに若者は入れない
静かに過ごしたい老人のための やすらぎの公園を作れば
そこにも若者は入れない
キッチンカーや路上の雑貨店が並ぶ フリーマーケットにすれば
お金を使わない人は入りにくい

散歩とか ただボーっとしたいとか
コーヒーを飲みたいとか
まあ いろいろあるだろうけれど
禁止事項のない みんなの公園なんて できそうにない

生と死

宇宙を研究する学者たちが
宇宙には 生まれたての星と
死んでしまった星が あるという

人が生まれて成長して死ぬように
星もまた 生まれて成長して死ぬ
私たちが知っている生と死とは
少しだけ違うかもしれないけれど
星も生まれて死ぬ

太陽は45億くらい前に生まれ
あと50億年くらいすると死ぬ

地球が死ななくても
太陽が死ねば
人間は生きていられない

138億年前に生まれたという宇宙も
あと何百億年かしたら死ぬ

もちろん地球も例外ではない
銀河系も例外ではない
地球も銀河系もいつかは死ぬ

はじめがあれば 終わりがある
生まれたものは みんな死ぬ
  なんだかつまらないので 言い方を変えてみる
生まれたものは 死ぬまでは生きている
  そう みんな 生きている
いま地球上にいる人は みんな 生きている
そして 驚いたことに
太陽は 生きている
宇宙は 生きている

オスとメス

オス同士が争ってメスを奪い合う
そんな単純さはどこかに消えてしまった
動物だったはずの人間は
モラルとか社会のルールとかで
動物さを なくしてしまった

たくさんの交尾相手を見つけて
たくさんの交尾をするのがオスの原点で
何年もかかって子供を産み育て
子供に多くの投資をするのがメスの原点だとしたら
原点はとっくに見えなくなってしまった

それでも生まれてくる子供たちの
半分はオスで半分はメスという
動物としての合理性は
失なわれてはいない

風俗産業が栄えているのを見ると
オスは原点を 完全に失ってはいない
教育産業が栄えているのを見ると
メスも原点を 完全に失ってはいない

交尾や出産や養育という
人間の原点に興味を持たない人たちが
立派な仕事をして
多くの収入を得て
動物的なことを見下す

同性が好きなホモセクシュアルが市民権を得て
両性が好きなバイセクシュアルも市民権を得て
性に興味のないアセクシュアルは高潔と言われる

それでも多数のヘテロセクシャルは
人間の暗部を包み込み
オスやメスとして
しぶとく生きていく
みんな
思われているより
はるかに逞しい

神様たち

神様もなかなか忙しいから
ひとつひとつの争いに
そうそう関わってはいられない
川を隔てた人たちが争って
西岸の人たちが西岸の神に祈り
東岸の人たちが東岸の神を祈った時
西岸の神と東岸の神は
どうしたらいいのか

強い人は残酷さを露わにし
弱い人は優しさを寄せ合う
奪う人だけが豊かになり
与える人が貧しくなってゆく
賢い人は不親切で
愚かな人は親切だ
そんなことを思っていたら
神たちがまわりに集まってきて
それは違うと言いつのる

強くても弱くても
優しい人は優しい
奪っても奪わなくても
豊かな人は豊かだ
賢くても愚かでも
親切な人は親切だし
信じても信じなくても
私たちはいるのだと
神様たちが優しく言う

神を信じなくてもいい
愛も信じなくていい
自分を信じ
隣にいる人を信じ
心を信じたらいい
神様たちが そんなことを言った

僕を信じる
君を信じる
心を信じる
簡単なことでは ないけれど

地球環境

人間が地球環境を壊している
正確に言うと
人間が 人間にとって良い環境を 壊している

人間が地球環境を破壊して
人間が地球に住めなくなっても
地球は何事もなかったかのように回り続ける

ホモ・サピエンスの遺伝子には多様性がない
その理由は 過去に 数が数千にまで減ったからだという
今の人間にも同じ運命が訪れないとは限らない

地球環境が壊されて 住めるところが少なくなって
もう一度 数が数千にまで減って
そこから また 人間の歴史がリスタートする

そう思えば
人間が地球環境を壊しても
住めるところが少なくなっても
いいように思えてくる

終わるように思えても 終わらない
人間にはそういう力がある
。。。かもしれない

まぼろし

昔々 神が祀られたときに
山や丘は木で覆われ
あたりは草ぼうぼうで
人は自然のなかにいた
だから
草を引っこ抜き
地面をならし
周りを縄で囲うだけで
その場所が神聖に見え
 神がいる
そう思えたのに違いない

禅寺の庭が作られたときに
禅寺に向かう道は
木や草や花がいっぱいで
鳥や虫や蝶が忙しく
だから
庭に大きな石を置き
まわりに小さな石を敷き詰め
波を描いただけで
その場所が静寂に包まれ
 無の境地に立てる
そう思えたに違いない

今 人が住む町には 音があふれ
人や乗り物が動き回り
夜が来ても 闇はない

神社に入っても
神を感じない
禅寺の庭を前にしても
無は遠い
バーチャルな世界には
安らぎがない
人が感じていた愛は
今でもあるのだろうか
君は
ずっとそこにいるのだろうか

ハッキング

泣いた女が バカなのか 騙した男が 悪いのか
という歌があったけれど
騙したほうが悪いのか 騙されたほうが悪いのか
という議論は 永遠に尽きない

騙したほうが悪いに決まっているのだが
社会はそんなに甘くない
信用してはいけない人を信用したり
嘘を見抜けずに金を払ったりすれば
ひどい結果が待っている

良いことをすれば報われて
悪いことをすれば罰せられると
言われるままに信じてみたいけれど
高級住宅地に並んでいる家々は
悪いことをしなければ手に入るまい

泥棒に入られる方が悪いとか
いじめられた方が悪いとか
悪い人たちが弱者を悪く言う

ふざけるんじゃない
泥棒が悪いに決まっているし
いじめた人が悪いに決まっている
悪い人が悪い
そう言わなければいけない

騙したほうが悪いのだ

**

でも 騙したほうが悪いというような論理は
ハッキングには通じない
ハッキングする方が悪いなんて言っているうちに
ITシステムは次々にハッキングされ
ハッキングされる方が悪いとしか
言いようのない現実が広がっている

ホワイトハット・ハッカーと言われる人がいて
どんな時にも法を守り 倫理に反することはせずに
政府機関や民間企業などのITシステムを守っている

ブラックハット・ハッカーと言われる人もいて
法を破ることも 倫理に反することも 躊躇せず
政府機関や民間企業などのITシステムを攻撃する

グレイハット・ハッカーはその中間で
自分が任されているITシステムを守るためなら
時として法を破り 倫理に反する行動をとる

ホワイトハット・ハッカーに課せられた制約は大きく
ITシステムを防衛しようと思えば
グレイハット・ハッカーにならざるをえない

ホワイトハット・ハッカーは そもそも報酬が少ないし
いい道具と環境が与えられず 技術的に劣ることが多いから
ブラックハット・ハッカーの攻撃を 防ぐことはできない

ホワイトハット・ハッカーを 倫理的なハッカーと呼ぼうと
コンピュータセキュリティの専門家と呼ぼうと
侵入テストを繰り返していれば そうそうホワイトではいられない

ブラックハット・ハッカーの攻撃を防ぐには
ホワイトハット・ハッカーに 法を破り 倫理に反することを許し
ブラックハット・ハッカーの道具や環境以上のものを与えるしかない

いい道具や環境を与えたからといって
ハッキングが防げるわけでもない

こちらのホワイトハット・ハッカーは
あちらにとってはブラックハット・ハッカーで
こちらのブラックハット・ハッカーは
あちらにとってはホワイトハット・ハッカーなのだ

ハッキングは戦いだと心に決めて
味方を守るために戦うしかない
負けた武将が消えるしかなかったように
負けたハッカーは消えるしかない

優秀なハッカーを揃えた集団が
勝ち残っていくという現実から
目をそむけないほうがいい
ハッキングが いい悪いで語られた時代は
もう とうに 終わったのだ
ハッキングは強いほうがいいに決まっている

大自然のなかで

山の空気はきれいで
おいしくて
胸いっぱいに吸い込んでみたら
風の音が聞こえてきて
風の音を聞いていたら
鳥の鳴き声が聞こえてきて
上を見上げたら
葉が輝いていて
立ち止まって辺りを見回す
川が目に入る
水の音に惹かれ
水に近づいてみる
山の水はきれいで
冷たくて
おいしくて
水を眺めていたら
小さなことが どうでもよくなって
先に進む気もなくなって
戻ろうかなと思う
空気を吸い込む
川の水で顔を洗う
笑顔になっているのに気付く
いい気持ちだ
陽の高いうちに戻って
寝転ぶ場所を探そう
そして眠る
なにもかも忘れて眠る
きっとなにもかも許される
きっと

高級車

アメリカや日本の医者は
高級車を乗りまわすけれど
フランスやドイツの医者は
高級車には乗らない
というか 乗れない

日本や中国の坊さまは
高級車を乗り回すけれど
タイやベトナムの坊さまは
高級車には乗らず
やたら 歩き回る

サッカーの一流選手は
高級車を乗り回すけれど
ラグビーの一流選手は
高級車には乗らない
というか 乗れない

ブランド品を持ち歩く女が
一向に減らないように
高級車を乗りまわす男も
一向に減らない

社会の矛盾と混乱が
ブランド品や高級車を生み出している

ブランド品を持つことがクールでないと思われても
ブランド品は減らないし
高級車に乗ることがクールでないと思われても
高級車は減らない

電気自動車とか
エコカーとか
いろいろなクルマが出てきても
高級電気自動車とか
高級エコカーとかが
カタログの端に載っている

でも
君には愛を
ブランド品よりも 高級車よりも
君には 愛が似合う

知ったかぶり

氷期 人間の移動
というウェブページを見つける

アフリカで誕生し、ヨーロッパ、アジアへと拡がっていた現代人の祖先は、氷期にベーリング海峡を渡り、食料となる動物を追って北米大陸へ進出しました。

と書いてある

科学の一部は もう長いあいだ
信じるか 信じないかという
宗教のようになっている
一人の人間が知る由もないことを
どこかから持ってきて
もっともらしく説明する

それは科学でもなんでもない
知ったかぶりの ひけらかし
宗教を広める宣教師のように
検証不可能なことを 正しいと言う

科学を妄信している人たちは
科学を知らない
科学を教えている人たちは
科学的でない

あさましさ

抗がん剤は時代遅れ?アメリカは抗がん剤を使わない治療にシフトしている
というウェブページを見つける

アメリカなどでは、3大治療から免疫や遺伝子医療などの代替療法などにシフトしつつあり、がんの死亡者数が過去20年間で22%以上も減少しています。逆に、3大標準治療に頼りきりの日本では年々がんの死亡者数が増えてきているがん大国になってしまっています。
保険診療を行っている大病院の医師に「最後まで諦めないでなんとかお願いします」と頼むことは、寿命を縮める結果になってしまっているかも知れません。
世の中には、保険診療外ではありますが、副作用がなく、高い効果の見込める治療がいくつも存在しています。今おこなっている治療に疑問を感じたら、患者様を苦しめる結果になる前に一度他の治療を選択肢に入れることをお勧めします。

と書いてある

医学の一部は もう長いあいだ
信じるか 信じないかという
宗教のようになっている
いや 正確に言えば
儲かるか 儲からないかが大事な
宗教ビジネスになっている

研究に没頭する多くの医師たちの脇に
他人の命を弄ぶ医師たちがいて
腕には高級時計が光り
胸ポケットには高級ボールペンが何本も刺さり
ガレージには高級外車が何台か駐車し
豪華マンションには高級家具が置かれ
医学の進歩が それらを支えている

命を弄ぶ医師たちを垣間見て
人間のあさましさを感じる

気が遠くなる話

地球の直径は12,742kmで 人間の大きさの約1千万倍
ウイルスの大きさは0.1ミクロンで 人間の大きさの約1千万分の1
つまり
地球にとっての人間の大きさは
人間にとってのウイルスの大きさ

地球は太陽の大きさの100分の1
昆虫は人間の大きさの100分の1
ウイルスは細菌の大きさの100分の1
だから
細菌から見たウイルスは
人間から見た昆虫や
太陽から見た地球のようなもの

人間は地球の表面の 陸地の一部の住みやすいところに生息し
ウイルスは人間のなかの 呼吸器 消化管 血管 排泄系 生殖系の細胞に生息する

地球上の人間は80億
人のなかのウイルスは380兆
比べものにならない

ネズミが100億 ゴキブリは1兆5千億 コウヨウチョウが150億
動物がどれだけいたとしても 鳥がどれだけいたとしても
植物がどれだけあったとしても 海洋生物がどれだけあったとしても
380兆を超えることは絶対にない
海や陸にいる動植物プランクトンなどを足していって やっと380兆を超える

地球上の微生物が何百穣(10の28乗)で
ウィルスの総数もそれぐらい
気が遠くなる

 水を大切にする
という
 空気を大切にする
という
 砂を大切にする
という

 水をきれいにする
という
 空気をきれいにする
という でも
 砂をきれいにする
とはいわない

 水が不足する
なんていわない
 空気が不足する
ともいわない でも
 砂が不足する
というのは現実にある

ビルを建てるにも
埋め立てをするにも
砂が要る

世界のあちらこちらが砂漠化し
砂が溢れ出ているけれど
溢れ出た砂は
ビルや埋め立てには使えない

美しい海岸の砂が消え
湖の砂が消え
川の砂が消える

消えた砂は戻らない
ビルに消えた砂も
埋立地に消えた砂も
二度と戻ることはない

八月の熱い砂も 二月の冷たい砂も
戻ってはこない

神のいるところ

放っておくと
草がぼうぼうになる場所で
草を刈り
土をならし
その周りを白い縄で囲ったら
そこだけが神聖に感じられ
神が宿ったと思う

雨が降ると
水を吸い込む

その上に宿った神は
自然の内にいて
心地いい

**

雨が降るたびに
ドロドロになる場所に
水の逃げ道を作り
石を敷きつめ
その上に石を積み上げたら
そこに神が降りてきたように感じ
みんなで神に祈る

雨が降ると
水をはねつける

その上に降りてきた神は
自然の外にいて
気持ちいい

**

長い時を経て
土の上には神社が建ち
石の上には教会が建つ

気が付けば
きまりや形式や権威や嘘が
心の祈りを押しつぶしている

仕方なく神社や教会の外に出て
深く息をする
そして
どこにでもいるという神に
祈る 

古神道

僕は古神道を知らない
 いや 誰も 古神道を知らない

常世といい 現世という
 常世は理想郷で
  現世は理想からほど遠い
 常世は永遠に変わらず
  現世に永遠はない
 常世はなにもかもが完成されていて
  現世ではなにも完成されることがない
 常世はすべてが完璧で
  現世に完璧はない

神がいるという
 尊という神がいる
  人と同じ姿形をしていて 人と同じ心を持つという
 御魂という神もいる
  人の命や人の心のありさま つまり神の心のありさまだという
 御霊という神もいる
  御魂が寄り集まったものとしての神霊のかたちだという

神体があるという
 磐座は神がいる岩や山で
 神籬は神が隠れ住む森や木々で
 巫は神が憑依した人だという

古神道を知ろうとしても 知ることはできない
古神道をわかろうとしても わかることはない
でも と僕が言う
古神道を信じることはできるに違いない

古神道は宗教ではないかもしれない
だって
宗教がこれほどすがすがしいわけがないから
宗教がこんなに優しいわけはないから

やっぱりなあ な人

 従順ならざる唯一の日本人
とか
 マッカーサーを怒鳴りつけた男
とか
 プリンシプルのある男
とか
そんなふうに呼ばれていた 見てくれのいい美男子が
マッカーサーにすり寄るような 読むに耐えない手紙を書いていたり
マッカーサーに相手にされていなかったようなのを知って
ああ やっぱりなあと思う

**

 かつての日本に出たことのない人物
とか
 今後も再生産不可能と思われる人物
とか
 博愛の精神を実践した貧民街の聖者
とか
そんなふうに持ち上げられていた 評判のいい社会事業家が
弱い立場にいる女性たちのことを 多くの欠陥を持っていると決めつけ
わざと悪に接近するような悪魔的なところがあるとか
一種の変成社会における精神分裂病患者であるとか書いたのを見て
ああ やっぱりなあと思う

**

立派な人だと言われる人は
どういうわけか みんな 多かれ少なかれペテン師で
その正体を知るたびに
ああ やっぱりなあと思う

ほんとうにいい人は
立派な人などと呼ばれたりはしない
ほんとうにいい人は
権力から賞をもらったりはしない

権威になってしまった人が
立派な人と呼ばれるのを見ると
なんだかなあ と思う
嘘をつくことと 騙すことしか 能のない人が
きれいごとを言っているのを聞いて
なんだかなあ と思う

やっぱりなあと
なんだかなあが
いいことを 見えなくする
いいことが たくさんあるのに
いい人が たくさんいるのに

喜ぶ

ひとつが終わると
次が始まる

終わることは大事で
終わらなければ
始まるものも始まらない

終わるのは
悲しいことではない
終わるのは多くの場合
いいことでもあるのだ

どんなことにも終わりがある
戦争が終わる
人生が終わる
会社が終わる
国が終わる

入学すれば退学か卒業が
就職すれば退職が
出生すれば死亡が
必ず待っている

何かの終わりが
別のことの始まりになる

始まりは
何かが終わることでやって来る

終わることを
新しいことが始まるのだと思って
喜ぶ

終わってしまえばすべて夢
だから
どんな終わりも
喜ぶ

雨は季節によって違う
春に降る雨
春から夏にかけて降る雨
夏に降る雨
夏から秋にかけて降る雨
秋に降る雨
秋から冬にかけて降る雨
冬に降る雨
冬から春にかけて降る雨
そんな分け方だけでは
とても形容できない

降ったり止んだりの雨
ずっと降り続く雨
雨粒が大きく強い雨
霧のような細かい雨
しとしとと降る雨
雨脚白く降る雨
弱い雨
柔らかい雨
静かに降る雨
激しい雨
横なぐりの雨
篠で突くような雨
月明かりの中の雨
陽に輝く雨
凍りつくような 冷たい雨
たくさんありすぎて
書ききれない

春雨 紅雨 小糠雨 菜種梅雨 発火雨
梅雨 走り梅雨 暴れ梅雨 送り梅雨 返り梅雨
空梅雨 緑雨 五月雨 麦雨 卯の花腐し
白雨 洗車雨 酒涙雨 夕立 神立
秋雨 冷雨 白驟雨 秋黴雨 霧雨
時雨 朝時雨 北時雨 横時雨 村時雨
月時雨 冬時雨 片時雨 氷雨 凍雨
飛雨 小雨 涙雨 天気雨 微雨
鬼雨 驟雨 俄雨 通り雨 村雨
宿雨 陰雨 地雨 霖雨 私雨
翠雨 甘雨 慈雨 喜雨 黒雨
細雨 糠雨 涙雨 豪雨 集中豪雨
雷雨 暴風雨 篠突く雨 繁吹き雨 暮雨
遣らずの雨 日照り雨 巌雨 そぼ降る雨
雨に名前を付けても
すべてを表すことはできない

今日の雨は
暑くも寒くもないなかで
強くもなく弱くもなく
雨粒が大きいわけでも小さいわけでもない
特徴のない普通の雨だけれど
そんな雨も君のうえに降れば
きらきらと輝く
いいことが ありますように

寛容 不寛容

寛容な人とか 不寛容な人とか いうけれど
寛容な人だって 落ち込めば不寛容になるし
不寛容な人も 元気な時は意外と寛容だ

ストレスがなければ寛容でいられるし
どんなピンチもチャンスに変えて
問題が起きても笑っていられる

ストレスを感じればバランスを崩し
傷つき 自信を失い 体調が悪くなる
仕事を続ければ失敗をしてしまう

ストレスが溜まればネガティブになり
楽しくなくなり 自分を責め 落ち込む
仕事ができなくなって追い詰められていく

ストレスで不寛容になるのは防衛本能の表れだから
危機的な状況で不寛容になって ‎自分を守っているのだ
ストレスをなくせば守ることもなくなり 寛容になる

不寛容になったら ストレスを減らす
心身が健やかなら衝突することもなくなり
トラブルも逃げていく

不寛容に気づいたら 休息をとる
反省などしてないで おいしいものをたべる
そして寝る
そうすれば 知らず知らずのうちに 寛容になっていく

もっともそれは一般論で
不寛容が心地いい僕は
寛容な人から離れるようにして日々をすごしている

**

それはそうと 寛大であるということが
 悪いことをした人を 厳しく咎めだてしない
ということだとしたら 寛大は
 悪くない人が 悪い人を 許す
ということになってしまう

許されることのない人に
寛大であるというのは
ただの思い上がりではないか

ただ違うというだけで 酷い目にあっている人に
寛大であるというのは
ただの間違いではないか

**

自分たちのことを寛容だと思いこんでいる人たちが
違うグループの人たちを
不寛容だと決めつける

もし寛容な私たちが
不寛容な人たちに 寛容でい続けたなら
私たちは不寛容な人たちに滅ぼされ
私たちの寛容も消えてゆく

もし必要ならば
たとえ力によってでも
不寛容な人々を抑制しなければならない

不寛容なあの人たちは
寛容な私たちの言うことを
欺瞞だといって批判する
議論に暴力で答えるかもしれない
だから寛容な私たちといえども
不寛容に寛容であってはならないという

自分たちが寛容だと思っている人たちが
不寛容には不寛容で立ち向かうという
不寛容と決めつけられた人たちも
自分たちは寛容だと思っていて
自分たちの寛容を守るために
不寛容と戦うという

寛容なんて はじめから
自分たちのコアに合ったものだけを許すということで
逆に言えば
自分たちのコアに合わないものは許さないということで
だから寛容などという言葉は
宗教のなかに閉じ込めておけばよかったのだ

寛容という言葉のように
正しい顔をして社会を歩き回る言葉が
社会を不寛容にして ほくそ笑んでいる
おぞましいとしか いえない

美しいと感じる

何を美しいと感じるか
キラキラ輝いたものか
渋くて落ち着いたものか
感性は人によって違い
時によっても違う

四季の移り変わりのなかで
いつが美しいと感じるか
花が咲き青葉が繁る頃か
葉が散った静けさの頃か

新しいものが持つ匂いや質感に
清らかさやすがしがしさを感じたり
年月を経たものだけが持つ深みに
余韻や味わいを感じる

誰もが豪華絢爛を好むわけもなく
誰もが風情を感じたいわけでもない

なにもないところに美を感じる人と
なにもないと不安になる人とが
生活を共にすることはできない

人の内面の美しさも一様ではない
誰かにとって美しくても
他の誰かには美しくない
それは外見も内面も同じ

男と女が一緒になるとき
美の感じ方が同じかどうかは
愛しているかや
価値観が同じかより
大事なのかもしれない

君は美しい
内面も外見も

無の縁

無の無限の可能性から生まれる
無の縁の美
どこに行けば 見ることができるのか
どうすれば 見ることができるのか
あるかどうかさえ
わかりはしない

見過ごされ
些細なことと思われ
取るに足らないことと誤解されるほどに
微かで
繊細で
一瞬の美

ものに執着せず
富を求めない
優雅さを持ち
多数の意見だからといって盲目的に従わず
ひとつの考え方に固執しない
柔軟な美

抑制を知り
不便を自然に受け入れ
不確実なことを受け止め
予測できないことを認め
混沌を恐れない
エレガントな美

不完全さ喜ぶ心と
不規則性を選び取る感覚と
留まることのない多様性と
なにごとも完成しない覚悟と
永遠はないのだという認識を合わせて持つ
勇気ある美

無の縁の美を求め
しあわせに近づく
静けさの向こうに
君が見える
幻想か現実か
君が微笑む

エントロピー

思い出を溜めこむ
記憶 写真 書類 領収書 手紙 そしてゴミ

未来を溜めこむ
希望 トイレットペーパー 歯磨きチューブ 水 そして夢

過去が短い若者が
過去を溜めこみ

未来の短い老人が
未来を溜めこむ

アヘン

宗教はアヘンだ
人を惹きつける方法を知っていて
人を離さない方法を知っていて
大きな口を開けて待っている

権力から遠い宗教は
権力から離れて生まれ
権力から弾圧され
その分 強くなり
魅力を増す

権力に近い宗教は
権力にすり寄った宗教だったり
権力が利用した宗教だったり
権力がデザインした宗教だったり
権力が編み出した宗教だったりして
その分 巧妙で
人を惑わす

権力から遠い宗教も
権力に近い宗教も
どちらもアヘンで
どちらも危険だ

音楽ビジネス

音楽がビジネスになり
音楽産業として発展し
毎年 たくさんの新譜が発表され発売されてきた
世界中の売上高は年間2兆円を超え
その半分以上が音楽ストリーミングだ

機器が変わり続け メディアが変わり続け
CDやDVDを買う時代から ダウンロードする時代へ
環境が変わっても 人は新しい曲を作り続け
歌い続け 演奏し続ける

ハードウェアやソフトウェアを使って
誰にでも作曲ができるようになると
どんな曲を作っても
以前作られた曲に似てしまう

毎年 何十万もの曲が編み出され
何百万 何千万もの曲が蓄えられる
音の組み合わせは無限だといっても
もう どんな組み合わせも 独創的とはいえない

コンピュータを使って 新譜に似た古い曲を見つけ出し
新譜の作曲をした人を 著作権侵害で訴えるなどという
新しいナンセンスなビジネスが生まれ
著作権は意味を失う

人は何千年ものあいだ
著作権料など払わずに 歌を歌ってきた
吟遊詩人の歌も ブルースも メロディーは似通っていて
でも それを 誰も おかしいとは言わなかった

聴いた曲が良ければ 歌いたくなるのは自然のこと
コピーだとか 真似たとか 似たものを作ったとか
そんな細かいことは 誰も言わなかった
大らかに笑っていれば それでよかった

自分では何もしないで
なんでもかんでもビジネスにして
カネ儲けをしている人たちに
音楽が乗っ取られてしまった

音楽はビジネスである前に
楽しむもの
楽しむことなくカネ勘定をするのは
音楽への冒涜だ
著作権ビジネスで稼ぐ人たちは
みんな悪魔だ

ビッグデータ

F社が管理するビッグデータに
C社の社員がアクセスした
F社がきちんと管理していなかったために
C社の社員が F社のビッグデータを簡単に手に入れた

C社は手に入れたビッグデータを使い
データマイニング技術をフルに活用し
一人の候補の潜在的な有権者ベースを拡大し
リーダーを選ぶ選挙の結果に影響を与えた

F社が管理していたビッグデータが
C社の社員の手に渡らなければ
違うリーダーが選ばれていたかもしれない

ビッグデータを手にすれば
思いもよらないことができてしまう
そんなことが証明されたわけだ

F社がC社の社員にアクセスさせるために
わざと管理を緩めていたとか
いや C社の社員が不法にアクセスしたのだとか
真相は闇のなかに葬り去られた

F社が悪いにせよ
C社の社員が悪いにせよ
F社がビッグデータを持っているという事実は変わらない
F社がそれを使えば同じことができる

C社でないG社がアクセスしても
P社がアクセスしても
M社がアクセスしても
同じことができる

一企業がビッグデータを持っている
一企業はビッグデータを使って 社会を変えることができる
それがあたりまえだというのか
そんなことが許されていいのか

シノプティコン

検索をする
検索は監視されている
監視は自動的だから
誰も監視に気付かない

発信をする
発信は監視されている
監視は見えてこないから
監視があるとは思わない

監視している人は
ひとりもいない
監視される人が
誰だろうと構わない

僕が検索をすれば
僕に関する情報がたまり
僕が発信をすれば
僕に関する情報がたまる

僕は何者でもないから
僕に関する情報は なんの意味も持たず
僕は何者でもないから
僕に関する情報は 誰にも利用されない

いつまでも 僕が何者でもないことを
そして 僕に関する情報が
いつまでも 意味も持たないことを 祈る
ただ 祈る

パノプティコン

刑務所で囚人を監視する
犯罪者を監視下におけば
労働の習慣が身について
更生が可能になるという

病院では患者を監視する
病人を監視下に置けば
もしもの時に対応できて
病状の悪化が防げるという

工場では工員を監視する
労働者を監視下に置けば
モラルも生産性も向上し
収益が上がるのだという

学校では児童生徒を監視する
子どもたちを監視下に置けば
態度が良くなり 理解度が増し
成績が良くなるのだという

社会ではみんなを監視する
人を監視下に置いておけば
モラルが上がり 犯罪が減り
安全で住みやすくなるという

ネットワークカメラとAIが
人の表情や態度を認識し
考えていることを分析し
危険な人を察知する

国は家族だという国に
国は家族ではないと言ったなら
どんな扱いを受けるのだろう
なにを受け入れればいいのだろう

監視されたくないと思うのは
いけないことなのだろうか
私は危険なのか
私は罰せられるのだろうか

The Diplomat

The future of modern warfare increasingly emphasizes technology, with a fast-emerging field being the artificial intelligence (AI) space. AI is becoming increasingly critical when applied to military applications; a notion China is heavily invested in.

聴きたくない

聴きたくない
Arvo Pärt の Estonian Lullaby も
장하은の Clair de Lune も
矢野沙織の Left Alone も
Dire Straits の Going Home も
なにも聴きたくない
今日は

目を閉じてみる
なにも聞こえてこない
静かだ

いる

内面が外見を しのいでしまえば
野暮ったくなる
外見が内面を しのいでしまえば
薄っぺらくなる
内面も外見も いいのなら それは内面が いいから
内面も外見も ひどいなら それは内面が ひどいから

量が質を超えれば 粗野になり
美が感じられなくなる
質が量を超えれば 派手になり
仁が感じられなくなる
量と質も満足できるのなら 静かにしておけばいい
量も質も満足できないのなら 壊すのもいいだろう

でも じつは
そんなことは どうでもいい
内面も外見も 気にしなくていい
野暮ったくても薄っぺらでもいい
量も質も 気にしなくていい
美も仁も感じられなくていい
君が君のままでいて
そこにいればいい

本のなかの社会

本を読む
 富裕層に富を集中させれば経済が成長する
なんて書いてある
 なんというまやかし
そう思ったら もうその先は読めない

違う本を読む
 豊かさをもたらすのは資本主義なのか コミュニズムなのか
なんていう文章に行き当たる
 えっ その二択?
そんな疑問が頭をかすめ 読むのを止める

今度こそと思いながら 話題の本を広げる
 社会における生産活動の水平的共同管理
なんて書いてあるのを見て 嫌悪感を抱く
 生きていくのに必要とされる様々な生産‣消費活動を行う領域「必然の国」

 芸術 文化 友情 スポーツ等の人間らしい活動を行う領域「自由の国」
も 嫌だ

飲み屋ばかりの「赤羽の国」や 風俗店が並ぶ「西川口の国」のような
猥雑で 垢ぬけていない感じのほうが
「必然の国」や「自由の国」より ずっといい
混んだ飲み屋では 知らない人たちが
からだを斜めにして並んで立っていて(それをダークダックス飲みというらしい)
タバコの吸い殻は床にポイ捨て

正しいことしかしないなんていう人がいないように
悪いことしかしないなんていう人は(たぶん あまり)いない
ひとりひとりが正しさと悪さを身に纏い
立派な人生と サエない人生を 同時に送る
「必然の国」や「自由の国」も特別でなくて
昼しかないような人なんて いなくて
夜しかないような人なんかも いなくて
悩んで生きる普通の人がいるだけ

人が生きている社会は キャピタリズムでもコミュニズムでもない
人が人らしく生きているところに イズムはいらない

聴色

ゆるしいろ という色がある
許色と書く人もいるけれど
なぜか 皆 聴色と書く
紅花で染められた淡い紅色
紅花大一斤で絹一疋が染められ
一般的には一斤染と呼ばれる

昔 紅花はとても貴重で
紅染の値段も 色が濃くなるほど上がり
そのため 濃染の紅色は 禁色と呼ばれ
身分の高い人にしか纏うことがゆるされなかった
薄染の紅色は 聴色と呼ばれ
誰でも纏うことがゆるされた

ゆるすをなぜ 聴すと書くのか
聴くときは 相手の話を真摯に聴く
相手の存在を受け入れる
だから ゆるす
わかったような わからないような

ゆるしいろは 君の色
あれもこれも ゆるしてほしい

そして
いつか
なんでも ゆるせるように なりたい

いろいろな仕事

役に立つ仕事をする 役に立つ人たちがいる
役に立っているのに 収入は少ない
病人を看護したり 老人を介護する仕事
子どもの面倒を見たり 教えたりする仕事
物の移動や修理 発送や配送といった仕事
清掃や整備 メインテナンスにかかわる仕事
大変な仕事をこなすために 真面目な人が利用される

役に立たない仕事をする 役に立たない人たちがいる
何の役にも立たないのに 収入は多い
中抜きをするだけの中間業者
でたらめな仕事を作り出す中間管理職
必要のない書類を作成するオフィスワーカー
読む人のいないプレゼン資料を用意するPRプランナー
でたらめな仕事のためには でたらめな人たちが必要だ

そして 恐ろしい仕事をする 恐ろしい人たちがいる
悪いことをしても それを隠そうとはしない
他人からむしり取ることしか考えていないヘッジファンド・マネジャー
裏を知り トラブルを収入に変える顧問弁護士
1000の話をしても本当の話は3つだけという悪徳不動産業者
持って来る仕事は架空のものばかりというコンサルタント
騙しや ゆすりが あたりまえの 暴力団員
違法 不法 脱法 非合法など ルール違反はおてのものだ

なぜ役に立つ仕事をしている人の収入が
役に立たない仕事をしている人の収入よりすくないのだろ
なぜ恐ろしい仕事をしている人たちの収入は増え続けるのだろう

収入は市場原理で決まるというけれど
そんな教科書に載るようなことは
どの社会にも起きはしない

満足は収入に反比例するというけれど
収入が低ければ満足は得られない
なにかが変だ

エッセンシャル・サービス

エッセンシャル・サービスという不思議な言葉がある
日常生活を送るために必要不可欠なサービスのことだ
エッセンシャル・サービスを担う働き手たちのことを
エッセンシャル・ワーカーといって持ち上げたりする
政府がエッセンシャル・サービスのリストを作ったり
エッセンシャル・ワーカーはこんな人だという時には
政府にとって都合のいいものばかりが並ぶのだけれど
それは果たして社会にとってエッセンシャルだろうか
第二次世界大戦の敗戦を機に作られた枠組みのなかで
老朽化したビュロクラシーは本当にエッセンシャルか
健康 医療 介護といったエッセンシャルなサービスが
健康産業 医療産業 介護産業といった産業に変質して
市場の分析だとか 産業の成長とかを 話し始めたとき
それらはもうエッセンシャルではなくなってしまった
健康食品産業 医療機器産業 福祉機器産業などはもう
本来の目的をどこかに置き忘れ売上だけを考えている
教育産業になった教育はもうエッセンシャルではない
防衛産業になった防衛ももうエッセンシャルではない
生産 流通 配送 交通 電気 ガス 上下水道 通信 金融など
エッセンシャルに見えるものの実態を調査してみると
エッセンシャルでないサービスがたくさん見えてくる
エッセンシャルでないように見えるサービスがじつは
欠く事のできないエッセンシャル・サービスだったり
エッセンシャルに見えるサービスのほとんどがじつは
エッセンシャルでも何でもないサービスだったりする
エッセンシャル‣ワーカー エッセンシャル‣サービス
そういった お上が大好きな言葉に 騙されてはいけない

外部化社会

成長が永遠に続くというまやかしと
持続可能な開発というまぼろしを
どんな言葉でごまかしても
もう誰も信じない

政府がカネを印刷しようが
どんなにカネをばら撒こうが
どんなに投資を喚起しようが
経済成長は起きはしない

持続可能な開発というものが
貧しい人たちからの収奪でしかないと
バレてしまったあとで
なにをどう言いつくろうのか

そう グローバル・ノースの発展のモデルは
どう考えても持続可能ではない
第二次世界大戦後の資本主義の繁栄の後で
奇跡は二度と起きない

天然資源の体系的な開発は 資源のただの乱用だと
産業の発展の代償は 大気と水の汚染だと
グローバルノースの繁栄は グローバルサウスの犠牲の上にあるのだと
みんなが気づいてしまった

すべてを外部に押し付ける外部化社会
悪いことはすべて外部のことにしてしまう
グローバルサウスの富と資源を奪い
労働力や個人の人生のチャンスを奪い続ける

グローバルノースの外部化社会が 良い状態でいられるわけがない
グローバルノースの大多数の人々は 自分たちが裕福だとは思えない
そもそも 自分たちがなにをしているかを 知りはしない
誰の犠牲でいい暮らしが成り立っているのか 気付くことはない

外部化社会なんて望んではいないという
外部化社会は私たちの未来ではないという
いや それは違う
外部化社会は 今の現実だ

災害

南のほうからやってきたフィリピン海プレートが
ユーラシアプレートと北米プレートのあいだに入り込み
東のほうからやってきた太平洋プレートが
北米プレートやフィリピン海プレートの下に沈み込む

大きな大きなプレートが 入り込んだり入り込まれたり
沈み込んだり沈み込まれたりすれば
ひずみが溜まって地震が起きるのもあたりまえ
なんの不思議もない

もっと長い目で見れば 陸と海の様相は大きく変わり
大陸と大陸がぶつかって ひとつになってしまったり
大陸がぷっつりと割れて ぶたつになってしまったり
陸のところが海になり 海のところが陸になるなんて
きっと あたりまえのことなんだろう

ふたつの大陸がぶつかる衝撃は
ひずみが溜まってはねるのとは大違い
大地震と巨大地震の違いは
私たちの想像をはるかに超えている

地球の自転速度は だんだんと遅くなる
長くなった昼は熱帯砂漠のような灼熱の暑さ
長くなった夜は極地のような耐えられない寒さ
海の満ち引きは大きくなって海岸にはいられない
宇宙からの放射線が容赦なく降り注ぎ
生態が変わり 作物は枯れ 鳥も動物も死ぬ

長い目で見れば そして大きな目で見れば
私たちが知っている天災など小さなもの
私たちが知っている人災も
きっと小さなもの

まだ見たことのないような大きな災害を
この目で見たいとは思わないけれど
そう遠くない未来に
どんな災害が起きても
誰も驚いたりはしない

プレート

太平洋プレートは 日本の東に広がり
太平洋のほとんどが その上に広がる
毎年 8センチ 東から西に移動して
日本海溝の下に沈み込む

北米プレートは 日本の北に広がり
カムチャッカ半島 シベリア アラスカ 北米大陸が
その上に乗っている
北海道 東北 関東も
かろうじて その端に乗っている

ユーラシアプレートは 日本の西に広がり
朝鮮半島 中国 ロシア ヨーロッパが
その上に乗っている
中部 関西 中国 四国 九州も
みんな その端に乗っている

フィリピン海プレートは 日本の南に広がり
北米プレートとユーラシアプレートに挟まれるように
地中深く広がり
毎年 7センチ 南から北に移動している
大昔に はるか南にあった島が プレートと共に移動して
ふたつのプレートのあいだに消威するはずだったのが
島が大き過ぎてそのまま残ってしまい
伊豆半島と呼ばれている

プレートのせめぎ合いが
今日も続いている
四方からの押し合いへし合いで
日本列島が悲鳴をあげている

日本海溝という名前の付いた
深い谷の暗い闇が
日本の未来を暗示している

それにしても
とんでもないところに生まれたものだ

理解

薬物を使い続ける人の気持ちを わかってあげることができたなら
止めたいのか続けたいのかだけでも 知ることができたなら
寄り添うことも なにかしてあげることも できるのに
知らん顔をして なにもしない 僕がいる

戦争で戦い続ける人の気持ちを わかってしまったら終わり
戦争とはいえ人に武器を向け 傷つけたり殺したりしとうとする人に
優しくしてあげたり 一緒に飲んだりは できない
知らん顔をして 通り過ぎる 僕がいる

部屋に籠り続ける人の気持ちを わかってあげられればいいのだけれど
人の気持ちはわからないと決めつけて どんなことにも知らんぷり
近づくことも 話を聞いてあげることも できるのに
無関係だからと 自分に言い聞かせている 僕がいる

弱い人に手を差し伸べようとしない僕は 臆病なのかもしれない

誰も悪くはないという僕が 自分も悪くないと言っている
なにもしない僕が ひとりで歩いている

いや まてよ
なにかしてあげるとか 優しくしてあげるとか
話をきいてあげるとか 手を差し伸べるとか
そんなのはみんな 思い上がりじゃないのか
他人に迷惑をかけずに 生きていればいいのではないか

いや いや
そんなことは できるはずもない
他人に迷惑をかけている
他人をわずらわせている

社会的な活動をして 他人のためになにかしようと思った僕が
他人のおかげで生きている
思い上がりは
カッコ悪い

人の心

紀貫之が
 やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける
という
 心に思ふことを見るもの聞くものにつけて言ひ出せるなり
ともいう

鴨長明が
 ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず
という
 淀みに浮かぶうたかたは 久しくとどまりたるためしなし
ともいう

吉田兼好が
 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば
という
 いでやこの世に生れては ねがはしかるべきことこそ多かめれ
ともいう

清少納言が
 春はあけぼの 夏は夜
という
 秋は夕暮れ 冬はつとめて
ともいう

百年経っても 千年経っても
人の暮らしは変わらない
天災や人災は繰り返し
人の心は文字になる

清少納言

春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少し明かりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる
夏は夜 月のころはさらなり 闇もなほ 蛍の多く飛びちがひたる また ただ一つ二つなど ほのかにうち光て行くもをかし 雨など降るもをかし
秋は夕暮れ 夕日の差して山の端いと近うなりたるに 烏の寝所へ行くとて 三つ四つ 二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり まいて雁などの連ねたるが いと小さく見ゆるは いとをかし 日入り果てて 風の音 虫の音など はた言ふべきにあらず
冬はつとめて 雪の降りたるは言ふべきにもあらず 霜のいと白きも またさらでもいと寒きに 火など急ぎおこして 炭持て渡るも いとつきづきし 昼になりて ぬるくゆるびもていけば 火桶の火も 白き灰がちになりてわろし

吉田兼好

つれづれなるまゝに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
いでやこの世に生れては、ねがはしかるべきことこそ多かめれ。みかどの御位はいともかしこし。竹の園生のすゑばまで、人間の種ならぬぞやんごとなき。一の人の御ありさまはさらなり、たゞ人も舍人などたまはるきははゆゝしと見ゆ。そのこうまごまでははふれにたれど、なほなまめかし。それより下つ方は、ほどにつけつゝ時にあひ、したり顏なるも、みづからはいみじと思ふらめどいと口をし。法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。「人には木のはしのやうに思はるゝよ」と淸少納言が書けるも、げにさることぞかし。いきほひまうにのゝしりたるにつけて、いみじとは見えず。增賀ひじりのいひけむやうに、名聞ぐるしく、佛の御をしへにたがふらむとぞ覺ゆる。ひたぶるの世すて人は、なかなかあらまほしきかたもありなむ。人はかたちありさまの勝れたらむこそあらまほしかるべけれ。ものうちいひたる聞きにくからず、あいぎやうありて詞多からぬこそあかずむかはまほしけれ。めでたしと見る人の心おとりせらるゝ、本性見えむこそ口をしかるべけれ。しなかたちこそ生れつきたらめ、心はなどかかしこきよりかしこきにもうつさばうつらざらむ。かたち心ざまよき人も、ざえなくなりぬれば、しなくだり、顏にくさげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそほいなきわざなれ。ありたきことは、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道、また有職に公事のかた、人のかゞみならむこそいみじかるべけれ。手などつたなからずはしりがき、聲をかくして拍子とり、いたましうするものから、げこならぬこそをのこはよけれ。

鴨長明

ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず 淀みに浮かぶうたかたは かつ消えかつ結びて 久しくとどまりたるためしなし 世の中にある人とすみかと またかくのごとし   たましきの都のうちに 棟を並べ 甍を争へる 高き 卑しき 人のすまひは 世々を経て尽きせぬものなれど これをまことかと尋ぬれば 昔ありし家はまれなり あるいは去年焼けて今年作れり あるいは大家滅びて小家となる 住む人もこれに同じ 所も変はらず 人も多かれど いにしへ見し人は 二 三十人が中に わづかにひとりふたりなり 朝に死に 夕べに生まるるならひ ただ水のあわにぞ似たりける 知らず 生まれ死ぬる人 いづかたより来たりて いづかたへか去る また知らず 仮の宿り たがためにか心を悩まし 何によりてか目を喜ばしむる その あるじとすみかと 無常を争ふさま いはば朝顔の露に異ならず あるいは露落ちて花残れり 残るといへども朝日に枯れぬ あるいは花しぼみて露なほ消えず 消えずといへども夕べを待つことなし

紀貫之

やまとうたは 人のこころをたねとして よろづのことのはとぞなれりける よの中にあるひとことわざしげきものなれば 心におもふ事を みるものきくものにつけていひいだせるなり はなになくうぐひす みづにすむかはづのこゑをきけば いきとしいけるものいづれかうたをよまざりける ちからをもいれずしてあめつちをうごかし めに見えぬおにかみをもあはれとおもはせ をとこをむなのなかをもやはらげ たけきもののふのこころをもなぐさむるはうたなり このうた あめつちのひらけはじまりけるよりいできにけり しかあれども よにつたはれることは ひさかたのあめにしては したてるひめにはじまり あらがねのつちにしては すさのをのみことよりぞおこりける ちはやぶるかみよには うたのもじもさだまらず すなほにして ことのこころわきがたかりけらし 人のよとなりて すさのをのみことよりぞ みそもじあまりひともじはよみける かくてぞはなをめで とりをうらやみ かすみをあはれび つゆをかなしぶこころことばおほく さまざまになりにける とほきところもいでたつあしもとよりはじまりて年月をわたり たかき山もふもとのちりひぢよりなりて あまぐもたなびくまでおひのぼれるごとくに このうたもかくのごとくなるべし 

お金

フランシス・ジャムの短編に
120年前のフランスで
貧しい一家がお金を貯めて
馬車に乗ろうとしたのだけれど
一台の馬車も止まってくれなかった
という話がある

ジョージ・スティーヴンスの映画に
90年前のアメリカで
メキシコ人の嫁が
白人一家とレストランに入ると
出ていけと言われてしまう
というシーンがある

ダニエル・バックマンの報告に
60年前のロシアでは
たとえお金を持っていても
党員でなければ
いいレストランで食事をすることができない
という記述がある

誰でもが お金を持ってさえいれば
経済的自由を与えられ
なんでもできる社会というのは
歴史上 そんなにあるものではない

みんながある程度のお金を持ち
なんでもでき 自由も手に入る
そんな社会で暮らす
君と暮らす

がん治療

がんに罹ると
好むと好まざるとにかかわらず
生存率という確率のことを
深刻な顔をした医者から聞かされる
あなたの5年後の生存確率は何%とか
あなたの10年後の生存確率は何%とか
知りたくないのに聞かされる
確率を知って何になる
確率どおりに死ぬ人なんて そうはいないのに

生存確率は
余命に似ていて
あなたは69歳で男だから
あと20年生きることができます
ただしそれはあくまで平均で
あなたは平均より長く生きるかもしれないし
平均よりずっとはやく死ぬかもしれません
そんなことを知って何になる
どうせいつかは死ぬというのに

がんの手術にはリスクが付きまとう
手術ミスもあるだろう
手術中の術死だって少なからずある
手術が成功しても 後遺症が残ることもある
切り取った臓器がなくなったのだから 臓器不全も起きる
手術のストレスから 免疫力が低下する
切り取ったところに大量の活性酸素が発生し 全身の組織を攻撃する
見えないがんが残存し かえってがんが暴れだす
メスを入れることでがん組織を破壊して がんが転移する可能性も高い
がんの手術を前にすると
リスクばかりが浮かんでくる

先進国といわれる国では
抗がん剤は増がん剤だと見限られている
先進国では 抗がん剤はがんを治す上で無意味であると
思われている
抗がん剤を3種類使うとがんは小さくなるが
寿命は7~10倍短くなる
抗がん剤は がん細胞により効く時は劇的に効く
でも 抗がん剤は そのほとんどが劇薬か毒薬で
効かなかった場合は すぐに抗がん剤の使用を止め
違う治療を模索するほうがいい
完治に向けた抗がん剤の使用ならともかく
延命に向けた抗がん剤の治療は寿命を縮める

他の先進国で起きていることと
この島国で起きていることが
あんまりにも かけ離れていると
どうしても言葉が溢れ出す
余計なことと思いながら
嫌われると知りながら
今日も余計なことを書く

不動産投資というゲーム

不動産投資というゲームがあって
多くの人がのめり込んでゆく
入居者が入らない空室リスク
入居者による家賃滞納リスク
価格が低下する価格変動リスク
少し考えただけでもリスクは多い

でもそんなリスクは
日本という国にいるリスクに比べれば
ほんのささやかなリスクでしかない

現在の日本国の負債は
敗戦時の大日本帝国の負債と比べて2~3倍
国がいつ崩壊してもおかしくないのに
みんなで安全だ安心だと合唱している
人災と天災が勢揃いした国にいて
人災にも天災にも
みんなで気づかぬふりをする

そんな国にいる個人の財産がどうなるかは
明治維新のときのことや
敗戦の時のことを考えれば
想像がつく

実際 日本の経済の破綻は
1791年(寛政の改革)1868年(明治維新)1945年(敗戦)と
77年おきに起きてきていて
次は2022年
なんと来年だ
たとえ来年でないとしても いつかは必ず破綻する

破綻すると どうなるか
1945年を例にとって考えると
まず 戦時補償債務は実質的には支払わないという御触れが
政府への戦時補償請求権に税率100%で課税するというやり方で出る
次に1回限りの財産税が課せられる
1946年3月3日時点で国内に居住する個人に
税率25%から90%の財産税が課せられ
銀行預金 郵便貯金 土地 家屋 株式 国債が取り上げられ
金銭納付が困難な場合には物納させられる
不動産投資をしていた人の財産は
あっという間にゼロになる

事情は明治維新の時も同じ
地租改正といって土地を取り上げた
江戸時代もその前も同じ
忘れた頃に 人々から
すべてのものを取り上げる
7世紀の大化の改新の頃からずっと
千年以上にわたって
個人の土地や財産を取り上げ続けてきた国に
なにを期待するというのか

フランスに土地や家を持てば
いつフランス政府に取り上げられても文句は言えない
そういう法体系なのだ
フランスは収奪を隠したりはしない
でも時が経てば
たとえ壊されていたとしても
取り上げたものは戻ってくる

スイスに土地や家を持てば
自分のものだと思えるけれど
払えないような額の税金がのしかかる
仕方なく銀行でローンを組めば
税金は安くなるけれど
緊急時には所有権が国に移る
それでも取り上げられたりすることはない

日本 日本 と言う人たちが
不動産投資というゲームにのめり込む
いつか全部取られてしまうことを
知ってか知らずか
熱心にそして真面目に
ゲームに参加している

SNSの罠

誰々が近況を投稿しましたとか
誰々がリンクをシェアしましたとかいって
私たちは SNSに誘われる
花に誘われるミツバチのように
儲け話に誘われる貧しい人のように
SNSに誘い込まれる

誰の近況ならクリックするだろうとか
誰のリンクのシェアなら興味を持つだろうとかを
AIがよく知っていて
気が付けば
私は SNSのなかにいる

中に入った私にも
AIはまとわりつく
画面の端の文字や写真が
私の興味を誘う
リンクをクリックする
その先でまたクリックする
一度誘い込まれたら
なかなか出てこられない

Facebookも Twitterも Instagramも YouTubeも LINEも同じ
誘い込んだ者たちを
どれだけ長いあいだ留めておくかという競争が
人をゾンビ化してしまう

SNSの先には人がいて
私たちは人に誘われる
でもその誘いは
人の誘いではなく
AIの誘い
計算された誘いなのだ

酒の誘いに負けず
麻薬の誘いにも
ギャンブルの誘いにも負けなかった人たちが
SNSの誘いには易々と乗る

SNSの罠は
AIの罠
私たちをどこに導くのか
見えてこない
私たちがどこに行くのか
誰も知らない

大いなる無駄

無駄をなくしていったら
なにも動かなくなった

仕方なく無駄を戻していったけど
なにも元に戻らなかった

一度失くしてしまった無駄は
二度と戻らない

しなやかさも 大らかさも
戻ってはこない

社会インフラ

社会インフラという言葉がある
まず頭に浮かぶのがコンクリートにケーブル
上下水道管 電線 ガス管 道路 鉄道 通信網
橋 トンネル ダム 港湾 工場 商店 食堂 銭湯
学校 病院 図書館 住宅 集会所 公園
競技場 美術館 劇場 音楽ホール

社会インフラは 後世に遺跡として残る
闘技場や劇場が残っていれば
格闘技や演劇が盛んだったのだろうと想う
公共浴場が残っていれば
落ち着いた社会を思い浮かべる
巨大な壁が続けば 外敵が思い浮かばれ
城や神社仏閣からは 権力が偲ばれる

遺跡は そこにいた人たちが
どんな人たちだったのかを語る
何を大切にしていたのか
どんな社会を作りたかったのか
そんな諸々を 見せてくれる
上下水道管が陶器でできていて
そのひとつひとつに花が描かれていれば
心豊かな人たちを想像するし
図書館の棚が延々と続いていれば
本を愛した人たちが浮かんでくる

どんな社会も永遠には続かず
最後は必ず滅びる
豊かな社会も貧しい社会も
最後は必ず滅びる
社会インフラは必ず老朽化し
そして朽ちる
でもだからといって
社会インフラが疎かにされるのは悲しい

個人の場所しかなくて
みんなの場所がないのは悲しい
海辺や湖畔が外の人たちに占領され
地元の人たちが行けないというのはおかしい
個人の図書館しかなくて
みんなの図書館がないのは悲しい
スポーツや音楽が金持ちだけのものになり
普通の人たちが楽しめないのはおかしい

学校が消えて予備校が残り
学ぶことがなくなり受験テクニックだけが生き延びる
農業や工業が消えて商業と金融が残り
サービスとマネーゲームだけが栄える
人々の心がすさみ
社会インフラは立ち行かなくなる
人々の心がなくなってゆけば
社会インフラは消えてゆく

どんなこともカネに換算され
なにをするにもカネが要る
息をするのにもカネの要る社会が
目の前まで来ている

Eric Klinenberg

Infrastructure, at its most fundamental level, is not about roads and bridges, cable and concrete. It’s about who we are, what we value and what kind of society we want to create.

川の思い出

立会川にボールを落とし
拾うために
下流に向かって歩く
川の流れは
小さな子どもが追えるほどに緩やかで
次の橋で拾おうと
子どもなりに必死で
気付けば西小山
諦めて帰る川の長いこと

呑川の桜の下を歩き
小学校の先生の説明を聞く
花の色 川の音
空の色 風の音
先生の説明は耳に入らず
列をなす友だちから離れ
気配を消し
気付けばひとり
学校に帰る道の心細いこと

石神井川沿いの荒れ地に
サッカーボールを探しに行き
蛇に出くわしたこと
渋谷川にも 目黒川にも
烏山川にも 北沢川にも
野川にも 仙川にも
神田川にも 千川にも
多摩川にも 隅田川にも
荒川にも 江戸川にも
思い出が詰まっている

なぜ思い出は
川に結びついているのだろう
数限りない どうでもいい思い出が
水に流されることなく
川の岸辺に残っている
暗渠になって川は消えても
思い出は消えずにいる

国立がん研究センター

2008年にがんと診断された患者の10年生存率

  • 胃がん:66.0%(ステージ I:90.9%、II:59.3%、III:34.6%、IV:6.9%)
  • 大腸がん:67.2%(ステージ I:93.6%、II:83.9%、III:69.4%、IV:11.6%)
  • 肝細胞がん:21.8%(ステージ I:33.4%、II:18.9%、III:9.2%、IV:2.2%)
  • 肝内胆管がん:10.9%(ステージ I:32.1%、II:29.5%、III:8.1%、IV:0.0%)
  • 小細胞肺がん:9.1%(ステージ I:35.7%、II:18.9%、III:11.6%、IV:1.8%)
  • 非小細胞肺がん:34.5%(ステージ I:72.4%、II:35.2%、III:13.5%、IV:2.0%)
  • 乳がん(女性):87.5%(ステージ I:99.1%、II:90.4%、III:68.3%、IV:16.0%)

全がんで見ると、3年生存率は73.6%、5年生存率は67.3%、10生存率は59.4%

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遺伝子組み換え作物

遺伝子組み換えと関係のないものだけを
食べていたいと思っても
なかなか そうはいかない
輸入されたトウモロコシのほとんどは
遺伝子組み換え作物といわれ
そのほとんどが
牛や豚や鶏などの飼料に使われ
私たちはその肉を食べる

遺伝子組み換えのトウモロコシは
コーンフレークになり
私たちの口に入る
コーン油になり
ハンバーガー フライドチキン
ドーナツ ピザ 餃子 と
次々と口に入る

コーンスターチになり
食べもののなかに入り
飲みもののなかに入り
化粧品のなかに入り
医薬品のなかに入りして
私たちのからだのなかに入る

遺伝子組み換え作物のない暮らしなど
誰にもできはしない
オーガニック食品の信奉者たちが
遺伝子組み換え作物に No を突き付けても
それは ヒポクリットでしかない

出来上がったシステムは
あまりにも複雑で
なにが良くてなにが悪いのか
誰にも判断できない

Peter Ward

People commonly assume that our species has evolved very little since prehistoric times. Yet new studies using genetic information from populations around the globe suggest that the pace of human evolution increased with the advent of agriculture and cities.
If we are still evolving, what might our species look like in a millennium should we survive whatever environmental and social surprises are in store for us? Speculation ranges from the hopeful to the dystopian.

Kurt Streeter

Into this troubled environment, 11,000 athletes from all corners of the globe will descend, along with coaches, officials, Olympic support staff, media workers and more. The Tokyo Games could end up being a three-week superspreader event that leads to death and illness across Japan and far beyond.

人の進化

人は言葉を獲得し
意思の疎通がうまくなり
あらゆる敵を打ち倒し
怯えずに暮らすようになった

人の体温は下がり
骨は軽くなり
必要なカロリーは減り
遺伝子が変わる

人の活動が狩猟から農耕になると
遊牧民だった人たちは農民になり
獲物を追っての旅は終わりを告げ
慣れた土地での繰り返しが始まる

人の体温はさらに下がり
骨はもっと軽くなり
必要なカロリーは際限なく減り続け
遺伝子がまた変わってゆく

活動の場所が農地からオフィスに移ると
農民だった人たちはオフィスワーカーになり
土に親しむ暮らしは終わりを告げ
ビルのなかでの繰り返しが始まる

人の体温は下がり続け
骨は軽くなり続け
必要なカロリーは減り続け
遺伝子が変わり続ける

オフィスに行かなくてもよくなって
みんながリモートで働くようになり
会うことも話すこともなくなって
リアルかバーチャルかわからなくなる

人の体温は極限まで下がり
骨はもっともっと軽くなり
必要なカロリーはとても少なくなり
遺伝子が大きく変わる

動物を追うことなどない
苗を植えることもない
他人と交わることもない
人は もう人ではない

自然から遠ざかった人が
どこに向かっているのか
どのように変わるのか
それは進化なのだろうか

松江

松江で
沈む夕日を
早朝のシジミ舟を
そして
ラフカディオ・ハーンの怪談を
目にした

夕日も
舟も
怪談も
みんな静かだった