Leonard Koren

There was wabi-sabi furniture. Wabi-sabi architectural surfaces, Wabi-sabi interior design. Wabi-sabi clothes and fashion accessories. Wabi-sabi works of art . . . Some of these things had been deliberately aged or distressed, that is, intentionally destroyed―rusted, faded, torn, scratched, and so on―so as to appear naturally old and worn. Although I was reluctant to make judgments, questions arose nonetheless. Are things that appear wabi-sabi like in fact wabi-sabi? Has wabi-sabi become merely a style? Is taking new, well-made objects and deliberately damaging them a legitimate way to make wabi-sabi? What is actually being made when making wabi-sabi? Indeed, who, or what, makes wabi-sabi?

2 thoughts on “Leonard Koren

  1. shinichi Post author

    (sk)

    わざと傷をつけたり、古びた感じに見せたり、欠けやひびをを入れたりするのが「わび・さび」なのだとしたら、「わび・さび」って、なんて、むなしいのだろう。

    「わび・さび」を演出するとか、経年による趣きを大事にするなどということが、日本の美意識だというのなら、そんな「わび・さび」には魅力はない。

    「釜一つあれば茶の湯はなるものを数の道具を持つは愚な」というのが「わび・さび」ではないのか。

    この世には永遠のものなどなにもないと知れば、どんなにピカピカなものも、やがてはその輝きを失う。

    完全なものもないのだと知れば、ひとつ足りないとか、なにかが欠けているということは気にならなくなる。

    これが完成だと思ったとき、その先が見えてくる。そうするとそれはもう完成ではない。

    どんなことでも受け入れられるようになることが、「わび・さび」ではないのか。続かないことも、不完全なことも、未完成なことも、それでいいと思うことができれば、それが「わび・さび」なのではないのか。

    わざと傷をつけたり、わざと汚らしくすることはない。そんなことはしなくても、自然と傷がつき、自然と汚れていく。

    「わび・さび」は、スタイルではない。金儲けでもない。「わび・さび」は、美意識であり、また気持ちの持ち方なのかもしれない。

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