白洲正子 1 Reply 外出から帰り、暗闇の中に梅が匂うとき、私は春の前触れを知る。そして同時に、王朝の人々の生活を思わせるような、春風駘蕩とした気分になる。思い浮かぶのは紀友則の、 君ならで誰にか見せぬ梅の花 色をも香をもしる人ぞしる 友則は貫之の従兄弟で、貫之とともに『古今集』の編纂に携わったが、完了を見ることなく、官位も低いままに終わった。この歌には、そうした友則の運命のはかなさがあると思うが、ほのかな梅の香が、その間を余計に増幅させる。
shinichi Post author29/07/2017 at 6:36 pm 花日記 by 白洲正子 photograph by 藤森武 梅に想う 私が住む辺りは、いわゆる多摩丘陵と呼ばれる丘が幾重にもつらなり、その襞の「谷戸」と呼ばれる所に、民家が点在している。 そのため、冬は寒い。庭に数本ある梅も、咲く時期が遅い。熱海や水戸で梅まつりをやっているときは、まだ蕾のままだ。下手をすると、木蓮が先にほころびてしまう年もある。 外出から帰り、暗闇の中に梅が匂うとき、私は春の前触れを知る。そして同時に、王朝の人々の生活を思わせるような、春風駘蕩とした気分になる。思い浮かぶのは紀友則の、 君ならで誰にか見せむ梅の花 色をも香をもしる人ぞしる 友則は貫之の従兄弟で、貫之とともに『古今集』の編纂に携わったが、完了を見ることなく、官位も低いままに終わった。この歌には、そうした友則の運命のはかなさがあると思うが、ほのかな梅の香が、その間を余計に増幅させる。 Reply ↓
花日記
by 白洲正子
photograph by 藤森武
梅に想う
私が住む辺りは、いわゆる多摩丘陵と呼ばれる丘が幾重にもつらなり、その襞の「谷戸」と呼ばれる所に、民家が点在している。
そのため、冬は寒い。庭に数本ある梅も、咲く時期が遅い。熱海や水戸で梅まつりをやっているときは、まだ蕾のままだ。下手をすると、木蓮が先にほころびてしまう年もある。
外出から帰り、暗闇の中に梅が匂うとき、私は春の前触れを知る。そして同時に、王朝の人々の生活を思わせるような、春風駘蕩とした気分になる。思い浮かぶのは紀友則の、
君ならで誰にか見せむ梅の花
色をも香をもしる人ぞしる
友則は貫之の従兄弟で、貫之とともに『古今集』の編纂に携わったが、完了を見ることなく、官位も低いままに終わった。この歌には、そうした友則の運命のはかなさがあると思うが、ほのかな梅の香が、その間を余計に増幅させる。