shinichi Post author29/04/2020 at 8:41 pm FCバルセロナのスタジアム改修を手がける日本企業の「逆転の発想」 Forbes JAPAN https://forbesjapan.com/articles/detail/31436 経営環境の変化にグローバル化、テクノロジーの導入など、日本のスポーツビジネスにパラダイムシフトが起きている。このパラダイムシフトを理解し、その先に進むために重要となるキーワードの1つが「コミュニティ・ビルディング」だ。 感情を分かち合い、ともに成長する強いコミュニティを育てられるか。そのハブとなるスタジアムの可能性が見直されている。 「これはお見合いや。いいところを見せんと。最高のものを出さなあかん」 日建設計(以下、日建)のバルセロナ支店長(当時、設計代表)の村尾忠彦は、どこか愛嬌のある関西弁で仲間をこう鼓舞した。 2015年7月9日。日建は、26組が立候補したFCバルセロナのホームスタジアム、カンプ・ノウの改修工事の最終候補8組に選ばれた。FCバルセロナと言えば、スペイン一部リーグに所属する世界最高峰のサッカークラブだ。 最終候補に残ったアジア系企業は日建が唯一だった。周りはスタジアム設計では名の知れた欧米企業ばかり。村尾は「8組中、ビリのスタートだった」と振り返る。ただ、チャンスはあった。通常、こうしたコンペは具体案を提案し、その場で決まる一発勝負だ。ところが今回は、複数のワークショップを経て少しずつ候補を絞る方式だった。村尾が説明する。 「毎回、宿題を与えられて、向こうのテクニカルチームと打ち合わせを重ねていく。これは技術的なものだけでなく、本当に一緒にやっていける仲間かどうかも試されているんだろうなと思った。だから、お見合いだと表現したんです」 先方から与えられた大きな建築条件は2点だった。ひとつは外装を施すこと。もうひとつはデッキをつくること。ところが日建は、そのいずれの約束も「反故」にした。村尾には確信があった。 「会話の中から本当につくりたかったものを掘り起こしたという自信があった」 FCバルセロナは、ソシオと称される約14万人のクラブ会員によって運営されている。その一人の男性と食事をしたときのことだ。村尾が楽しげに思い出す。 「どんなスタジアムがいいかと尋ねたら『俺は誰だと思う?』って聞くんです。スペイン人?と言ったら『ノー』。カタロニア人?と言っても『ノー』。じゃあ、誰なのって聞いたら『地中海人だ』って」 そして、村尾はその場で地中海をイメージしたスタジアムのスケッチを描かされた。それはスタジアムと、太陽と、風と、波を描いただけの簡単なものだった。それでも相手の男性は満足げな笑みを浮かべていた。そのやりとりで、これまで見聞きしたバルセロナのイメージが一本の線でつながった気がした。 「バルセロナの人たちは、とにかく仲がいい。レストランでも、ずっとお話を楽しんでいる。水着を着て電車に乗ったり、リードなしで犬の散歩をしていたりと、人も犬も自由。地中海性気候で温暖なので気候も最高。そんな人や風を遮断する形態は似合わないと思ったんです」 日建チームは各階の外側に3層のバルコニーをつくるという発想を思いつく。そこにソファを並べ、観客にくつろいでもらうのだ。村尾が続ける。 「開放的な雰囲気と、バルセロナの陽気な人たち。それがカンプ・ノウに最もふさわしい『外装』になると思った」 新カンプ・ノウは、現在の約9万9000席から10万5000席に席を拡張する予定だ。世界最大級の集客を誇るスタジアムだからこそ可能な逆転の発想だった。 FCバルセロナの第三副会長でエスパイ・バルサ(再開発プロジェクト)の担当役員であるジョルディ・モッシュも「季節を通して地中海性気候を楽しむことができる」と、3層バルコニーが決め手のひとつになったと語る。 日建はさらに大人数の入場者を効率よく移動させるためのデッキの代わりに、エレベーター、エスカレーター、階段が一体化したコアを外部に12基建てることを提案。相手は感嘆の声をあげた。村尾は「おまえらやるな、という雰囲気になりましたね」とにやりと笑う。 収益性を高めるために、パブリックスペースを広げ、そこにショップやレストランを併設することで少しでも訪問者の滞在時間を増やす工夫も凝らした。スタジアムは、年間約180万人訪れるスタジアムツアーの客を含めると毎年、約600万人の入場者が見込める。客がお金を落としやすい環境をつくれば莫大な収入につながる。社長の亀井忠夫が言う。 「日本だとスポーツ施設は、ビジネスよりも体育施設という考えになりがち。でも収益を望めば、とてつもない可能性を秘めているんです」。 3度のワークショップと2回のプレゼンテーションを経て16年3月8日、日建のもとに当選の知らせが入った。結果的にワークショップ方式が追い風となった。日建設計としてはヨーロッパ初の仕事であり、スタジアム設計としては海外初の受注となった。 知らせを受けて、村尾は仲間の手で生まれて初めて「宙に舞った」と言う。実は多くの設計メンバーは、カンプ・ノウのファイナリストに選ばれ歓喜した8日後、悲劇のどん底に突き落とされていた。関わっていた新国立競技場のザハ案が白紙撤回となったのだ。そのときの悔しさがあったぶん喜びが爆発した。 ただ、新国立建設で砂を噛んだ経験は、無駄にはならなかった。社長の亀井は控えめながらもこう胸を張る。 「新国立の設計チームには世界トップのスタジアム設計の知見があった。そこで培ったものが今回のワークショップで全部、生きた」。 バルセロナは、26年完成予定のサグラダファミリアが象徴するように建築の街でもある。同教会の主任彫刻家は、日本人の外尾悦郎だ。サクラダファミリアと双璧を成すといってもいいバルセロナを代表する建築物・新カンプ・ノウは、それよりも2年前、24年夏にやはり日本人の手によって誕生する予定だ。 執行役員の村尾忠彦(左)と 代表取締役社長の亀井忠夫(右) Reply ↓
shinichi Post author29/04/2020 at 8:48 pm 村尾 忠彦 日建設計 https://www.nikken.co.jp/ja/about/people/tadahiko_murao.html 村尾 忠彦 執行役員 設計部門 プリンシパル バルセロナ支店長、カンプ・ノウ特命担当 1985~1987年文科省国費留学でワシントン大学大学院で都市デザイン、建築デザインを学ぶ。1988年神戸大学大学院修士課程を修了し日建設計へ入社。「クイーンズスクエア横浜」「パシフィックセンチュリープレイス丸の内」「ミッドランドスクエア」「札幌創世スクエア」などの大規模プロジェクトや「日本経済新聞社本社」「富士重工業本社」「オンワード本社」「日建設計東京ビル」など企業の本社ビル、「合同庁舎8号館(内閣府)」「福岡高等裁判所」などの官庁舎など数多くのプロジェクトを担当してきた。2016年のカンプ・ノウ国際コンペに当選。現在はバルセロナ支店長としてバルセロナにてプロジェクトを統括。これまで手掛けてきたプロジェクトは日本建築学会賞(業績部門)、日経ニューオフィス賞をはじめ多くの賞を受賞。一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員、APECアーキテクト。 日建設計東京オフィス Reply ↓
FCバルセロナのスタジアム改修を手がける日本企業の「逆転の発想」
Forbes JAPAN
https://forbesjapan.com/articles/detail/31436
「これはお見合いや。いいところを見せんと。最高のものを出さなあかん」
日建設計(以下、日建)のバルセロナ支店長(当時、設計代表)の村尾忠彦は、どこか愛嬌のある関西弁で仲間をこう鼓舞した。
2015年7月9日。日建は、26組が立候補したFCバルセロナのホームスタジアム、カンプ・ノウの改修工事の最終候補8組に選ばれた。FCバルセロナと言えば、スペイン一部リーグに所属する世界最高峰のサッカークラブだ。
最終候補に残ったアジア系企業は日建が唯一だった。周りはスタジアム設計では名の知れた欧米企業ばかり。村尾は「8組中、ビリのスタートだった」と振り返る。ただ、チャンスはあった。通常、こうしたコンペは具体案を提案し、その場で決まる一発勝負だ。ところが今回は、複数のワークショップを経て少しずつ候補を絞る方式だった。村尾が説明する。
「毎回、宿題を与えられて、向こうのテクニカルチームと打ち合わせを重ねていく。これは技術的なものだけでなく、本当に一緒にやっていける仲間かどうかも試されているんだろうなと思った。だから、お見合いだと表現したんです」
先方から与えられた大きな建築条件は2点だった。ひとつは外装を施すこと。もうひとつはデッキをつくること。ところが日建は、そのいずれの約束も「反故」にした。村尾には確信があった。
「会話の中から本当につくりたかったものを掘り起こしたという自信があった」
FCバルセロナは、ソシオと称される約14万人のクラブ会員によって運営されている。その一人の男性と食事をしたときのことだ。村尾が楽しげに思い出す。
「どんなスタジアムがいいかと尋ねたら『俺は誰だと思う?』って聞くんです。スペイン人?と言ったら『ノー』。カタロニア人?と言っても『ノー』。じゃあ、誰なのって聞いたら『地中海人だ』って」
そして、村尾はその場で地中海をイメージしたスタジアムのスケッチを描かされた。それはスタジアムと、太陽と、風と、波を描いただけの簡単なものだった。それでも相手の男性は満足げな笑みを浮かべていた。そのやりとりで、これまで見聞きしたバルセロナのイメージが一本の線でつながった気がした。
「バルセロナの人たちは、とにかく仲がいい。レストランでも、ずっとお話を楽しんでいる。水着を着て電車に乗ったり、リードなしで犬の散歩をしていたりと、人も犬も自由。地中海性気候で温暖なので気候も最高。そんな人や風を遮断する形態は似合わないと思ったんです」
日建チームは各階の外側に3層のバルコニーをつくるという発想を思いつく。そこにソファを並べ、観客にくつろいでもらうのだ。村尾が続ける。
「開放的な雰囲気と、バルセロナの陽気な人たち。それがカンプ・ノウに最もふさわしい『外装』になると思った」
新カンプ・ノウは、現在の約9万9000席から10万5000席に席を拡張する予定だ。世界最大級の集客を誇るスタジアムだからこそ可能な逆転の発想だった。
FCバルセロナの第三副会長でエスパイ・バルサ(再開発プロジェクト)の担当役員であるジョルディ・モッシュも「季節を通して地中海性気候を楽しむことができる」と、3層バルコニーが決め手のひとつになったと語る。
日建はさらに大人数の入場者を効率よく移動させるためのデッキの代わりに、エレベーター、エスカレーター、階段が一体化したコアを外部に12基建てることを提案。相手は感嘆の声をあげた。村尾は「おまえらやるな、という雰囲気になりましたね」とにやりと笑う。
収益性を高めるために、パブリックスペースを広げ、そこにショップやレストランを併設することで少しでも訪問者の滞在時間を増やす工夫も凝らした。スタジアムは、年間約180万人訪れるスタジアムツアーの客を含めると毎年、約600万人の入場者が見込める。客がお金を落としやすい環境をつくれば莫大な収入につながる。社長の亀井忠夫が言う。
「日本だとスポーツ施設は、ビジネスよりも体育施設という考えになりがち。でも収益を望めば、とてつもない可能性を秘めているんです」。
3度のワークショップと2回のプレゼンテーションを経て16年3月8日、日建のもとに当選の知らせが入った。結果的にワークショップ方式が追い風となった。日建設計としてはヨーロッパ初の仕事であり、スタジアム設計としては海外初の受注となった。
知らせを受けて、村尾は仲間の手で生まれて初めて「宙に舞った」と言う。実は多くの設計メンバーは、カンプ・ノウのファイナリストに選ばれ歓喜した8日後、悲劇のどん底に突き落とされていた。関わっていた新国立競技場のザハ案が白紙撤回となったのだ。そのときの悔しさがあったぶん喜びが爆発した。
ただ、新国立建設で砂を噛んだ経験は、無駄にはならなかった。社長の亀井は控えめながらもこう胸を張る。
「新国立の設計チームには世界トップのスタジアム設計の知見があった。そこで培ったものが今回のワークショップで全部、生きた」。
バルセロナは、26年完成予定のサグラダファミリアが象徴するように建築の街でもある。同教会の主任彫刻家は、日本人の外尾悦郎だ。サクラダファミリアと双璧を成すといってもいいバルセロナを代表する建築物・新カンプ・ノウは、それよりも2年前、24年夏にやはり日本人の手によって誕生する予定だ。
執行役員の村尾忠彦(左)と 代表取締役社長の亀井忠夫(右)
村尾 忠彦
日建設計
https://www.nikken.co.jp/ja/about/people/tadahiko_murao.html
村尾 忠彦
執行役員
設計部門 プリンシパル
バルセロナ支店長、カンプ・ノウ特命担当
1985~1987年文科省国費留学でワシントン大学大学院で都市デザイン、建築デザインを学ぶ。1988年神戸大学大学院修士課程を修了し日建設計へ入社。「クイーンズスクエア横浜」「パシフィックセンチュリープレイス丸の内」「ミッドランドスクエア」「札幌創世スクエア」などの大規模プロジェクトや「日本経済新聞社本社」「富士重工業本社」「オンワード本社」「日建設計東京ビル」など企業の本社ビル、「合同庁舎8号館(内閣府)」「福岡高等裁判所」などの官庁舎など数多くのプロジェクトを担当してきた。2016年のカンプ・ノウ国際コンペに当選。現在はバルセロナ支店長としてバルセロナにてプロジェクトを統括。これまで手掛けてきたプロジェクトは日本建築学会賞(業績部門)、日経ニューオフィス賞をはじめ多くの賞を受賞。一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員、APECアーキテクト。
日建設計東京オフィス