中村正敏

公共放送であるNHKを中心に、テレビは権力と近い、という批判がある。事実、新聞などの紙媒体に比べて、政府との関係があることは否めない。これは放送メディアが紙媒体と違い、「放送法」という法的枠組みのなかにあることにある。
放送は限られた電波の有効利用という観点を外すことができない。電波は限られた帯域と出力を政府によって割り当てているために、国の認可事業、ということから逃れられない宿命にある。もちろん、放送局は番組を流す内容について政府とは距離を置いた「自主自立」を貫くことを前提としているが、政府が「免許取り消し」という最後の切り札を持っているのも事実だ。視聴者から見て疑いをもたれることもまた否めない。
この点への批判は、放送局の姿勢を質すことはもちろんのことながら、どうすれば放送局が政府から距離をおくことができるか、という制度の問題でもある。日本では監督官庁の総務省が直接放送局を指導・監督しているが、他の先進諸国では、監督官庁とは別に、放送局を監督する独立行政委員会*4 を設置しているのが通例となっている。この点においては日本の制度はいまだ旧式で、関与する人物の人選プロセスについても閉鎖的であるといえる。まだいくつかの方策が必要であるといえる。

3 thoughts on “中村正敏

  1. shinichi Post author

    メディア・リテラシー教育の挑戦

    第2章 メディアから見た「メディア・リテラシー」

    by 中村 正敏

    1.「メディア批判」としてのメディア・リテラシーに応えて

    (5) 権力に近すぎる、テレビ自体が権力である

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  2. shinichi Post author

    メディア・リテラシー教育研究委員会報告書

    国民教育文化総合研究所

    http://www.kyoiku-soken.org/official/report/userfiles/document/2008media.pdf

    (sk)

    「アドバンテージサーバー」の「メディア・リテラシー教育の挑戦」とう本を池袋のジュンク堂で買った。

    ジュンク堂は大好きな本屋のひとつで、まだ新宿に店があった頃には、帰国の度に立ち寄った。

    普通なら本の題名を記憶して家に帰り、PCの前で買うかどうかを決めるのだが、ジュンク堂に対してそういうことをするのは少しだけ躊躇われ、その本を買って帰ったのだ。

    PCの前で愕然とした。報告書の全文がPDFファイルとして入手可能だったのだ。無料、しかもコピーが可能。

    上記の中村正敏の文章をタイプしたあとだったので、徒労感というか、脱力感というか、「もう印刷物なんて絶対に買わないぞー」という感じというか、なんともいえない気分になった。

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